遺言書を作成すると、誰にどの財産を承継させ、誰へ遺贈するのかなど、被相続人の意思を残すことができます。
もっとも、遺言書を作成しただけでは、預貯金の払戻しや不動産の名義変更などの手続が自動的に行われるわけではありません。
遺言の内容を実際の権利関係へ反映するためには、それぞれの財産について必要な手続を進める必要があります。
遺言制度は、被相続人の意思を相続に反映することを目的としています。
民法では、この手続を担う制度として「遺言執行者」が設けられています。
遺言執行者は、その意思に基づいて必要な手続を行い、遺言の内容を実際の相続へ反映する役割を担います。
この記事では、遺言執行者とはどのような制度なのか、どのような権限を持ち、どのような場合に選任するとよいのかを、相続手続の流れに沿って解説します。
※遺言書が必要となる場面については、以下の記事で詳しく解説しています。
「遺言書が必要な人とは|相続のルールだけでは希望を実現しにくいケース」
遺言執行者は相続手続のどこで関わるのか
相続は、被相続人が亡くなった時点で開始します。
その後、一般的には次のような流れで進みます。
1. 遺言書の有無を確認する
2. 相続人を確定する
3. 相続財産を調査する
4. 遺言又は遺産分割協議によって承継内容を確定する
5. 預貯金や不動産などの名義変更・払戻し手続を行う
※遺産分割協議を行うためには、誰が相続人なのか、何が相続財産なのかを確認する必要があります。
こうした制度や手続については、以下の記事で詳しく解説しています。
「財産調査が必要となる理由は|何を相続するのかを確認するために」
「相続人はどのように決まるのか|なぜ相続人調査が必要になるのか」
「遺産分割協議とは|なぜ相続人全員の合意が必要になるのか」
遺言執行者は、このうち遺言によって定められた内容を実際の手続へ反映する場面で中心的な役割を担います。
例えば、
・ 預貯金の払戻し
・ 不動産の相続登記に必要な手続
・ 株式など有価証券の名義変更
・ 遺贈の履行
・ 遺言による認知など身分行為に関する手続
などを行い、遺言に基づく権利関係を実現します。
遺言執行者は、相続人を決めたり、遺産分割の内容を決定したりする立場ではありません。
遺言によって承継内容が定められている事項について、その内容に沿って必要な手続を進めることが役割です。
遺言執行者の役割
遺言執行者は、遺言の内容を実現するために必要な範囲で相続手続を進めます。
主な役割は、次のとおりです。
・ 相続財産の調査
・ 財産目録の作成・交付
・ 預貯金の払戻し・解約
・ 不動産や有価証券の名義変更に必要な手続
・ 遺贈の履行
・ 相続人への通知
・ 遺言執行完了の報告
これらを見ると、遺産整理業務と共通する部分もありますが、制度上の位置付けは異なります。
遺産整理業務は、相続人から委任を受け、その依頼に基づいて相続手続を支援する業務です。
これに対し、遺言執行者は、民法に基づく権限によって遺言を執行する立場にあります。
行政書士が遺言執行者に就任することもありますが、その場合も、相続人から委任を受けて行う遺産整理業務とは、根拠となる制度や権限が異なります。
※自分で遺産整理を進められるケースと専門家へ依頼した方がよいケース、それぞれの専門家の役割については
以下の記事で解説しています。
「遺産整理は誰に頼むのか|自分でできるのか?専門家に頼むのか?」
遺言執行者にはどのような権限があるのか
遺言執行者には、遺言を執行するために必要な範囲で、各種手続を行う権限が認められています。
例えば、次のような手続があります。
・ 金融機関で預貯金の払戻しや解約を行う
・ 不動産の相続登記に必要な手続を進める
・ 株式など有価証券の名義変更手続を行う
・ 遺贈の対象財産を受遺者へ引き渡す
・ 遺言による認知など、法律上遺言執行者が行うこととされている手続を行う
これらの権限は、遺言執行者個人のために認められているものではありません。
遺言で定められた内容を適切に実現し、相続手続を円滑に進めるために認められています。
このため、遺言執行者が就任した後は、その権限に属する事項について、相続人は遺言執行を妨げる行為をすることはできません。
例えば、遺言で遺贈するとされた預貯金を相続人が解約したり、遺贈の対象となっている不動産を処分したりすることはできません。
もっとも、遺言執行者が行えるのは、遺言に基づく手続に限られます。
遺言に記載されていない財産を処分したり、遺言の内容そのものを変更したりする権限はありません。
※遺言執行者の義務や相続人との関係については、以下の記事で解説しています。
「遺言執行者とは?|義務・権限・相続人との関係をわかりやすく解説」
遺言執行者が必要になるケース
遺言執行者は、すべての遺言で選任しなければならないわけではありません。
一方で、次のような場合は、あらかじめ遺言執行者を指定しておくことで、手続を円滑に進めやすくなります。
相続人が複数いる場合
相続人が複数いる場合は、金融機関や法務局など、複数の機関で手続を行うことになります。
遺言執行者が就任していれば、遺言に基づく手続を中心となって進められるため、相続人全員が個別に対応する負担を軽減できます。
相続財産が多い場合
預貯金、不動産、有価証券など複数の財産がある場合は、それぞれ異なる機関で手続を行う必要があります。
遺言執行者を指定しておくことで、手続全体を計画的に進めやすくなります。
相続人以外へ遺贈する場合
受遺者は相続人とは異なる立場にあるため、遺贈を実現するための手続が必要になります。
遺言執行者がいることで、遺言に基づいた財産の引渡しを円滑に進めることが可能です。
遺言による認知などがある場合
子の認知など、法律上、遺言執行者が手続を行うことを予定している事項があります。
このような内容を遺言に記載する場合は、遺言執行者の存在が特に重要になります。
遺言執行者は誰がなるのか
遺言執行者は、遺言書であらかじめ指定することができます。
指定できる人に特別な資格はありません。家族や親族を指定することもできますし、行政書士や弁護士などの専門家を指定することも可能です。
また、遺言書で遺言執行者を指定していない場合や、指定された人が就任できない場合は、利害関係人が家庭裁判所へ申し立てることで、遺言執行者を選任してもらうことができます。
もっとも、遺言執行者は、預貯金の払戻しや遺贈の履行など、相続手続全体を継続して進める役割を担います。
そのため、
・ 相続人が複数いる
・ 相続財産が多い
・ 相続人以外への遺贈がある
・ 手続が長期間に及ぶ可能性がある
といった場合は、中立的な立場で手続を進められる専門家を指定することも検討されます。
専門家を遺言執行者へ指定するメリット
遺言執行者には家族や親族が就任することもできますが、相続財産や手続の内容によっては、専門家を指定することで相続手続を円滑に進めやすくなる場合があります。
例えば、行政書士が遺言執行者へ就任した場合は、遺言に基づく財産の引渡しや金融機関での手続、財産目録の作成などを計画的に進めることができます。
また、不動産の相続登記や相続税申告など、他士業が担当する手続が必要になった場合も、それぞれの専門家と連携しながら相続手続を進めることができます。
相続人は、それぞれの専門家へ個別に依頼したり、手続全体の進行を調整したりする負担を軽減しやすくなります。
遺言執行者を指定しない場合はどうなるのか
遺言執行者を指定していなくても、遺言が無効になるわけではありません。
また、相続人全員が協力して手続を進められる場合は、遺言の内容に沿って相続手続を進めることもできます。
一方で、
・ 相続人が複数いる
・ 相続人以外への遺贈がある
・ 相続人の一部が手続へ協力しない
・ 複数の機関で相続手続を行う必要がある
といった場合は、手続が滞ることがあります。
また、遺言による認知など、法律上、遺言執行者が手続を行うことを予定している事項もあります。
遺言執行者を指定するかどうかは、財産の多寡だけでなく、遺言の内容や必要となる手続を踏まえて判断することが大切です。
※遺言執行者選任申立に関する概要については、以下で解説しています。
「遺言執行者選任申立とは?|どのような場合に必要になるのか」
よくある質問
Q. 遺言執行者と遺産整理受任者は何が違いますか?
遺言執行者は、民法に基づき、遺言を執行する権限を持つ立場です。
一方、遺産整理受任者は、相続人から委任を受け、その依頼に基づいて相続手続を支援します。
どちらも相続手続に関わりますが、権限の根拠や制度上の役割は異なります。
Q. 行政書士は遺言執行者になることができますか?
はい。行政書士も遺言執行者に就任できます。
また、遺言執行者として遺言に基づく手続を進めるだけでなく、相続人から委任を受けて遺産整理業務を行うこともあります。
なお、それぞれ根拠となる制度や権限は異なります。
Q. 遺言執行者がいれば相続人は何もしなくてよいのですか?
遺言執行者が就任すると、遺言を執行するために必要な手続は遺言執行者が進めます。
ただし、戸籍など必要書類の提出や事実関係の確認など、相続人の協力が必要になる場面もあります。
まとめ
遺言執行者は、遺言で定められた内容を相続手続へ反映するために設けられた制度です。
預貯金の払戻し、遺贈の履行、不動産の相続登記に必要な手続など、遺言を執行するために必要な権限が民法で認められています。
また、相続人が複数いる場合や相続財産が多い場合、相続人以外への遺贈がある場合などは、あらかじめ遺言執行者を指定しておくことで、手続を円滑に進めやすくなります。
遺言執行者には家族や親族だけでなく、行政書士などの専門家を指定することもできます。手続の内容によっては、必要に応じて司法書士や税理士などと連携して進められるため、相続手続全体の負担を軽減できる場合もあります。
遺言執行者を指定するかどうかは、財産の多寡だけで判断するものではありません。
遺言で実現したい内容と、それに伴って必要となる手続を踏まえて検討することが、被相続人の意思を適切に実現することにつながります。
※相続手続全体の流れについては、以下の記事で詳しく解説しています。
「相続手続きは何から始めるか|親が亡くなった後に家族がたどる順番とその理由」
「遺言・相続手続きの全体像|相続制度は誰のために存在しているのか」