相続手続きを進めるとき、遺言書の有無によって変わるのは、財産を取得する人の決め方だけではありません。
遺言書があれば原則として遺言者の指定に沿って財産を承継しますが、なければ法律上の相続人が財産を引き継ぎ、必要に応じて具体的な分け方を話し合います。
この違いは、遺産分割協議の必要性だけでなく、不動産の相続登記や預貯金の払戻しを誰が担当し、どのような書類を提出するかにも関わります。この記事では、遺言書の有無によって財産の取得者が決まる仕組みから、実際の承継手続までの違いを解説します。
遺言書の有無によって財産の取得者はどう決まるか
有効な遺言書がある場合は、遺言者が指定した内容に従って財産を承継します。遺言者は、相続人に特定の財産を相続させるだけでなく、相続人以外の個人や法人へ財産を遺贈することもできるため、遺言書の記載が財産の取得者を決める根拠となります。
例えば、「自宅の土地と建物を長男に相続させる」という遺言があれば、原則として遺言者の死亡と同時に長男がその不動産を取得します。誰が自宅を引き継ぐかは遺言によって決まっているので、相続人全員で改めて分け方を話し合う必要はありません。
これに対して遺言書がない場合、民法で定められた相続人が、相続開始とともに被相続人の権利義務を承継します。相続人が複数いれば共同相続の関係となり、法律上の相続分を踏まえて財産の取得方法を考えることになります。
例えば、配偶者と子が相続人になる場合、法定相続分は配偶者が2分の1、子が全体で2分の1です。ただし、この割合は各相続人の相続分を示すものであり、土地や建物などの個々の財産を誰が単独で取得するかまで決めるものではありません。そのため、自宅を長男が単独で取得するなど、法定相続分に応じた共有とは異なる形で財産を分けたいときは、相続人の間で具体的な取得方法を決める必要があります。
遺言書がある場合は遺言者の指定、ない場合は法定相続が財産承継の出発点となり、取得者が決まっているかどうかによって、その後の遺産分割協議の必要性も変わります。
遺産分割協議が必要になる範囲はどう変わるか
遺産分割協議とは、共同相続人が話し合い、誰がどの財産を取得するのかを決めることです。遺言書によって取得者が指定されている財産については、すでに分け方が決まっているため、原則として協議を行う必要はありません。
例えば、遺言書で自宅を長男に、預貯金を妻に相続させると指定されていれば、それぞれが遺言の内容に従って財産を承継するため、相続人全員で分け方を決め直す必要はありません。
ただし、遺言書が一部の財産しか指定していない場合は、取得者が決まっていない財産が残ります。自宅を長男に相続させる旨だけが記載され、預貯金や株式について指定がなければ、それらを複数の相続人で分ける際に遺産分割協議が必要となります。
ここで注意したいのは、遺言書の一部分だけを見て判断しないことです。例えば、「その他一切の財産を妻に相続させる」という条項があれば、自宅以外の財産についても取得者が決まるため、遺言書全体の記載を踏まえて協議の必要性を判断します。
遺言書がない場合も、遺産分割協議が必ず必要になるわけではありません。相続人が一人なら、その人が財産を承継するため協議は不要ですが、複数の相続人がいて、不動産や預貯金をそれぞれ特定の相続人に取得させたいのであれば、全員で分け方に合意する必要があります。
一方、土地や建物を法定相続分どおりに共有するなら、相続人全員で分け方を決めなくても、その持分で相続登記が可能です。
このように、遺産分割協議の要否は、遺言書があるかどうかだけでなく、取得者が決まっていない財産の有無や、相続人が希望する取得方法によって判断します。 遺言書がある場合はその指定範囲を、ない場合は相続人の人数と財産の分け方を考えることが、判断の出発点です。
※遺言書がある場合に遺産分割協議が必要となる条件については、以下の記事で詳しく解説しています。
遺言書があれば遺産分割協議は不要?|協議が必要になる財産と条件
財産の承継手続を行う人はどう変わるか
財産の取得者が決まっても、相続登記や預貯金の払戻しを必ずしも取得者本人が行うとは限りません。遺言書がある相続では、遺言執行者が就任しているかどうかによって、手続を行う人が変わります。
遺言執行者とは、遺言内容を実現するために必要な行為を行う人のことです。遺言書で指定された人が就任していれば、その権限の範囲で財産の承継手続を担当します。
例えば、遺言書で妻が預貯金を取得すると定められ、遺言執行者が就任しているとします。この場合、預貯金を取得するのは妻ですが、金融機関への払戻請求は遺言執行者が行うことができるため、財産の取得者と実際の手続を実施する人が異なります。
遺言執行者がいなければ、財産を取得する相続人や受遺者などが必要な関係者とともに手続を行いますが、相続人として取得する場合と遺贈によって取得する場合とでは、具体的な方法が異なります。
遺言書がない場合は、相続人が財産の承継手続を行うことになります。例えば、遺産分割協議によって不動産の取得者が決まれば、その相続人が相続登記を申請し、預貯金の払戻しについても金融機関が定める方法に従って相続人が請求します。
したがって、遺言書がある場合は、財産の取得者だけでなく、遺言執行者が就任しているか、その権限がどこまで及ぶかによって誰が手続するのかを判断します。 遺言書がない場合との違いは、財産の取得者とは別に、遺言内容を実現する役割を担う人が存在し得ることです。
※遺言執行者の権限や相続人との関係については、以下の記事で解説しています。
遺言執行者の権限と義務とは|相続人との関係・できることを解説
名義変更や払戻しに使用する書類はどう変わるか
不動産の相続登記や預貯金の払戻しでは、誰が財産を取得するのかだけでなく、何を根拠として取得したのかを書類で示します。そのため、遺言書によって取得者が決まったのか、相続人全員の遺産分割協議によって決まったのかが、必要書類の違いにつながります。
遺言書で相続人が不動産を取得した場合は、遺言書や戸籍などを提出して相続登記を申請します。預貯金についても遺言書などが払戻しの根拠となりますが、具体的な提出書類は、遺言書の種類や手続を行う人によって異なります。
例えば、自宅などで保管されていた自筆証書遺言には原則として家庭裁判所の検認が必要ですが、公正証書遺言と法務局で保管された自筆証書遺言については、検認が不要です。
遺言書がなく、遺産分割協議によって財産の取得者を決めた場合は、合意内容を記載した遺産分割協議書などを使用します。不動産の相続登記では協議書や戸籍などを法務局へ提出し、預貯金の払戻しでも、金融機関が求める書類によって遺産分割協議の成立を示します。
ただし、相続人が一人の場合や、法定相続分に応じて相続登記を行う場合などは、遺産分割協議書を作成する必要はありません。
つまり、遺言による取得なら遺言書、遺産分割協議による取得なら遺産分割協議書が基本となります。 実際には、取得者が相続人か受遺者か、遺言執行者がいるかなどの事情も踏まえ、提出書類や申請方法を判断することになります。
※遺言書が見つかった場合の確認事項や具体的な手続については、以下の記事で解説しています。
遺言書が見つかったらどうする?|最初に確認すべきことと手続の流れ
※遺言書の検認については、以下の記事を参考にしてください。
遺言書の検認とは|必要なケース・不要なケースと手続の流れ
遺言書の有無に応じて相続手続をどう進めるか
相続手続きを始める際は、まず遺言書の有無を調べ、財産ごとに取得者が決まっているかを整理します。
遺言書があれば全文を読み、取得者が指定されている財産と、指定されていない財産を区別します。そのうえで、遺産分割協議が必要な財産を把握し、遺言執行者が就任している場合は、その権限に応じて誰が承継手続を担当するのかを判断します。
一方、遺言書がなければ、法律上の相続人を確定し、法定相続の関係を踏まえて財産の取得方法を考えます。遺産分割協議によって分け方を決めるのであれば、相続人全員の合意内容を協議書にまとめ、登記や払戻しの根拠書類として使用します。
どちらの場合も、相続人や相続財産の調査、相続税申告の要否の検討などは欠かせません。相続税の申告が必要な場合、申告期限は原則として相続開始を知った日の翌日から10か月以内です。遺言書の確認や遺産分割協議が終わっていなくても期限は到来するため、財産の承継手続と並行して申告の要否を確認します。
財産の取得者や手続を担当する人、必要書類の根拠は異なることから、財産の取得者、遺産分割協議の要否、手続を行う人、提出書類の順に整理しておくと、遺言書の有無に応じた手続の見通しが立てやすくなります。