遺言書に遺言執行者が指定されている場合、遺言の内容を実現するための手続は、遺言執行者がその権限に基づいて進めます。ただし、遺言執行者がいるからといって、相続人が何もしなくてよいわけではありません。

遺言で取得者が決まらない財産については相続人全員で遺産分割協議を行い、相続放棄や税務申告なども、それぞれの期限に従って対応する必要があります。遺言執行者に任せることと、相続人自身が進めることを区別しておくことが大切です。

この記事では、遺言執行者の就任後に行われる通知や財産調査から、預貯金・不動産の承継、相続人が行う手続、任務終了後の対応まで、相続開始後の流れに沿って解説します。

遺言執行者から遺言内容の通知と財産目録を受け取る

遺言書で指定された人が就任を承諾すると、遺言執行者としての任務が始まり、遅滞なく遺言の内容を相続人へ通知します。相続人は、この通知によって、遺言執行者がどのような事項を実行するのかを知ることになります。

また、遺言執行者には、相続財産の目録を遅滞なく作成し、相続人へ交付する義務があります。 遺言が特定の財産だけを対象としている場合は、目録の作成・交付もその財産について行われます。

財産目録を作成する際には、遺言書に記載された財産と、相続開始時に実際に残っている財産との照合が必要です。遺言書の作成から亡くなるまでの間に、財産の状況が変わっていることもあるからです。

例えば、「○○銀行の預金を妻に遺贈する」「自宅不動産を長男に相続させる」と書かれていても、その後に預金口座が解約されたり、不動産が売却されたりしている場合があります。こうした変更があれば、遺言執行者は必要な範囲で預貯金や不動産などを調査し、遺言の対象となる財産が死亡時にどのような状態で残っているかを確かめます。

相続人にとって、遺言内容の通知と財産目録は、遺言執行者が取り扱う財産の範囲を知るための重要な資料です。
その内容を把握することで、遺言執行者に任せる手続と、自分たちで進める手続を区別しやすくなります。

※遺言執行者の法的地位、権限や義務については、以下の記事で解説しています。
 遺言執行者の権限と義務とは|相続人との関係・できることを解説

遺言執行者は遺言に従って財産の承継手続を行う

遺言の対象となる財産が明らかになったら、遺言執行者はその権限の範囲で、預貯金の払戻しや不動産の登記など、財産の承継に必要な手続を進めます。

ただし、具体的な方法は、誰が財産を取得するのか、対象が預貯金、不動産、有価証券などのどれに当たるのかによって異なります。また、遺言執行者が就任している場合は、相続人による財産の処分にも法律上の制限があるため、双方の権限を区別する必要があります。

預貯金や有価証券の承継

預貯金を引き継ぐ際には、金融機関へ遺言書や相続関係を示す戸籍、遺言執行者の資格を証明する書類などを提出し、遺言の内容に応じて払戻しや承継の手続を進めます。

例えば、特定の預金を妻に相続させる遺言がある場合、民法第1014条に基づき、遺言執行者はその預金の払戻しを請求できます。 その預貯金債権の全部が遺言の対象となっていれば、預金契約の解約を申し入れる権限も認められていますが、遺言に別段の定めがあるときは、その内容に従います。

有価証券についても、証券会社などが定める方法に従って名義変更などを進めることになり、必要な書類や手続は遺言の内容によって変わります。

また、相続人以外の人へ財産を遺贈する場合、その履行を担うのは遺言執行者です。遺言執行者がいるときは、法律上、遺贈を履行する権限が遺言執行者に認められているためです。

不動産の承継と相続登記

遺言書に「自宅不動産を長男に相続させる」と定められていれば、長男は遺言に基づいてその不動産を承継します。
その内容を登記に反映させる際には、長男自身が相続登記を申請できるほか、遺言執行者も民法第1014条に基づいて登記を申請できます。

一方、不動産を相続人以外の人へ遺贈するときは、遺言執行者が登記手続に関与し、受遺者への所有権移転を実現します。

このように、遺言で不動産の取得者が決まっていても、登記にその内容を反映させる手続は別に必要です。誰が取得するかだけでなく、誰が登記手続を進めるかも、遺言の内容に応じて確認しておきます。

相続人は遺言執行を妨げる財産処分を避ける

遺言執行者が就任している場合、民法は相続人が遺言の執行を妨げる行為をすることを制限しています。

例えば、別の人へ承継させると遺言で定められている財産を、相続人が勝手に売却すれば、遺言の内容を実現するうえで支障が生じます。

遺言執行を妨げる財産処分などは原則として無効になりますが、善意の第三者に対して、その無効を主張できません。

したがって、遺言執行者が就任していることを知った相続人は、預貯金の解約や不動産の売却、名義変更などに着手する前に、その財産が遺言の対象となっているか、遺言執行者の権限が及ぶかを確認しておく必要があります。

遺言で決まらない財産と相続人が行う手続

遺言執行者が遺言に基づく財産の承継を進めていても、相続人が行う手続までなくなるわけではありません。

遺言によって取得者が決まらない財産は、相続人全員で分け方を話し合う必要があります。また、相続放棄や税務申告などには、それぞれ法律上の期限があるため、遺言執行者の手続と並行して対応することになります。

遺言で取得者が決まらない財産は遺産分割協議を行う

遺言書に記載されていない財産が見つかっても、直ちに遺産分割協議が必要になるとは限りません。まず遺言書全体を確認し、その財産を誰が取得するのかが、ほかの条項によって定められていないかを調べます。

例えば、個々の財産について記載がなくても、「その他一切の財産を妻に相続させる」という条項があれば、その内容に従って取得者が決まることがあります。反対に、そのような条項もなく、遺言全体を確認しても承継先を確定できない財産は、相続人全員による遺産分割協議の対象です。

自宅不動産についてだけ長男への承継が指定され、預貯金の取得者を定める条項がない場合を考えてみましょう。
この場合は、相続人全員で預貯金の分け方を話し合い、合意が成立したら、必要に応じて遺産分割協議書を作成したうえで、金融機関で払戻しなどの手続を進めます。

一方、遺言執行者は、遺言に従って自宅不動産の承継を担当します。相続人と遺言執行者がそれぞれ異なる財産について手続を進めることになるため、誰がどの財産を取り扱うのかを明らかにしておくことが大切です。

※遺産分割協議が必要になる財産については、以下の記事で解説しています。
 遺言書があれば遺産分割協議は不要?|必要になるケースも解説

相続放棄や税務申告はそれぞれの期限までに行う

遺言執行者が財産の承継を担当していても、相続人自身に関係する法律上の期限が変わることはありません。

相続放棄を考えている人は、遺言に基づく財産の承継が途中であっても、家庭裁判所へ申述する期限に注意が必要です。また、亡くなった方の所得税について準確定申告が必要な場合は相続人等が手続を行い、相続税の申告が必要な場合は、財産を取得した相続人や受遺者などが申告・納税を行います。

それぞれの原則的な期限は、次のとおりです。

手続原則的な期限
相続放棄自己のために相続の開始があったことを知った時から3か月以内
所得税の準確定申告相続の開始を知った日の翌日から4か月以内
相続税の申告・納税被相続人の死亡を知った日の翌日から10か月以内

これらの期限は、遺言執行者の任務終了を待って延長されるものではありません。 相続人は、通知された遺言内容や交付された財産目録を参考にしながら、自分に必要な判断と申告を期限内に行う必要があります。

※相続手続の期限については、以下の記事で解説しています。
 相続手続きの期限一覧|相続開始後にやることを時系列で解説

遺言執行者の任務終了後に残る手続を確認する

遺言執行者は、任務を終えると、その経過と結果を相続人に報告します。相続人はこの報告を受けて、遺言に基づく財産の承継がどこまで済んでいるかを確認し、自分たちで進める必要のある手続が残っていないかを調べます。

例えば、遺言執行者によって自宅の相続登記が済んでいても、遺言で取得者が決まらなかった預貯金があれば、相続人全員で分け方を協議し、その結果に従って金融機関で手続を進めなければなりません。

遺言執行者の任務が終わっても、相続に関するすべての手続が完了するとは限りません。 また、相続放棄や税務申告は任務の終了を待ってから行うものではなく、それぞれの期限に従って対応する必要があります。

遺言の対象となる財産がはっきりしない場合や、遺言執行者と相続人の間で手続の進め方について意見が分かれる場合は、遺言書や財産関係の資料を用意して専門家に相談する方法もあります。登記や税務申告、遺言の解釈、紛争対応など、問題に応じて相談先を選ぶことになります。