はじめに|遺言方式は何を基準に選ぶのか

遺言について調べると、公正証書遺言と自筆証書遺言という二つの方式を目にします。
一般には「公正証書遺言は安心」「自筆証書遺言は手軽」と説明されることがありますが、方式を選ぶ際に見るべき点は、作成費用や手間だけではありません。

遺言書を作成していても、その存在が相続開始後に把握されなかったり、対象財産や承継方法の記載が明確でなかったりすると、その内容を実際の財産承継へ反映する際に問題が生じることがあります。

そのため、方式を比較する際は、作成時の負担に加えて、方式上の不備をどこまで防ぎたいか、保管や発見の確実性をどこまで高めたいか、相続開始後の承継手続に利用しやすい状態にしておきたいかという点まで含めて見ていく必要があります。

現在は、自筆証書遺言にも法務局の自筆証書遺言書保管制度があります。制度を利用すれば、法務局での保管に加え、相続開始後の検認も不要になるため、「自筆証書遺言は自宅で保管するもの」「公正証書遺言だけが公的に保管される」という単純な比較では捉えにくくなっています。

この記事では、公正証書遺言と自筆証書遺言の特徴を整理しながら、何を基準に方式を選べばよいかを解説します。

遺言方式を選ぶときの比較軸

自筆証書遺言と公正証書遺言では、作成方法だけでなく、作成時の関与者、保管方法、相続開始後の取扱いが異なります。

自筆証書遺言は、本人が法定の方式に従って自ら作成します。公正証書遺言は、本人の意思をもとに公証人が文書化し、公的な手続の中で作成します。
さらに、自筆証書遺言については、本人が自宅などで保管する方法に加え、法務局の保管制度を利用する方法があります。法務局で保管すれば、紛失や改ざんのリスクを抑えられ、相続開始後の検認も不要です。

そのため、方式を選ぶ際には、単に「自分で作るか、公証人に作ってもらうか」だけでなく、次のような点を比較します。

 ・ 作成時の費用と負担
 ・ 方式上の不備をどこまで防ぎたいか
 ・ 保管や発見の確実性
 ・ 相続開始後に検認が必要か
 ・ 財産や取得者をどこまで明確に記載できるか
 ・ 相続開始後の承継手続に利用しやすいか
 ・ 作成段階から第三者の関与を受けたいか

こうした違いを踏まえて、自分の遺言で重視する点に合う方式を選びます。

自筆証書遺言の特徴

自筆証書遺言は、遺言者本人が法律上の方式に従って作成する遺言です。

公証役場での作成を要しないため、自分のペースで内容を考えながら作成でき、費用も比較的抑えやすいという特徴があります。

自筆証書遺言にも方式が定められています。遺言書の全文、作成日付、氏名は原則として本人が自書し、押印しなければなりません。財産目録については、パソコンで作成したものや登記事項証明書、通帳のコピーなどを利用できますが、自書しない財産目録の各ページには署名・押印が必要です。

記載内容の明確さが重要になる

本人が自ら作成する場合は、対象財産と取得者を明確に特定できる記載になっているかが重要です。
例えば、不動産の表示が不正確であったり、「長男に自宅を任せる」とだけ記載されていたりすると、どの不動産をどのように承継させるのかが明確にならず、相続開始後に解釈が問題になる場合があります。
財産の記載漏れがあれば、その財産について遺言だけでは取得者を決められず、相続人による遺産分割が必要になることもあります。

そのため、自筆証書遺言では、方式を満たすことに加え、相続開始後に対象財産と承継先を具体的に特定できる内容になっているかまで考えて作成します。

法務局保管を利用する場合

自筆証書遺言は、自宅などで保管するほか、法務局の自筆証書遺言書保管制度を利用できます。

法務局へ保管を申請すると、原本と画像データが保管され、紛失や改ざんのリスクを抑えられます。また、相続開始後の家庭裁判所による検認も不要です。
保管申請時には、自筆証書遺言の方式について外形的な確認を受けられます。
ただし、法務局が遺言内容の法的な妥当性や、記載された財産・承継方法が実際の相続手続に十分かまで審査する制度ではありません。

したがって、法務局保管によって保管や検認に関する負担は軽減できますが、希望する財産承継を実現できる内容になっているかは別に検討する必要があります。

自宅などで保管する場合は検認が必要になる

自宅などで保管された自筆証書遺言は、原則として相続開始後に家庭裁判所の検認を受けます。
検認は、遺言書の形状や加除訂正の状態、日付、署名などを明確にし、その後の偽造・変造を防ぐための手続です。検認を終えたからといって、遺言の法的な有効性まで確定するわけではありません。

前述のように、法務局保管制度を利用した場合には検認がありません。この違いがあるため、自筆証書遺言を選ぶ場合は、作成方法だけでなく、どこで保管するのかもあわせて決めておく必要があります。

公正証書遺言の特徴

公正証書遺言は、遺言者本人の意思をもとに、公証人が法律上の方式に従って作成する遺言です。

公証人が本人から遺言内容を聴取し、証人2名の立会いのもとで作成するため、方式上の不備が生じにくく、本人の真意を作成段階で確認する仕組みになっています。
また、公正証書遺言は公的な仕組みで保管されるため、紛失や改ざんのリスクを抑えやすく、相続開始後の検認も不要です。

そのため、不動産など財産の特定が重要になる場合や、相続開始後の承継手続まで見据えて内容を整えておきたい場合には、公正証書遺言を選択する意味が大きくなります。

一方、公正証書遺言の作成には、公証人手数料や必要書類の準備など一定の負担があります。したがって、作成時の費用や手間と、方式上の確実性や相続開始後の利用しやすさを比較して選択します。

現在は公正証書のデジタル化も進んでいます。2025年10月1日以降、法務大臣が指定する公証人が作成する公正証書については、原則として電磁的記録で作成され、遺言公正証書の電子原本は日本公証人連合会が運営するシステムで保管されます。
さらに、一定の要件を満たし、公証人が相当と認める場合には、ウェブ会議を利用して公正証書遺言を作成できる場合もあります。

公正証書遺言と自筆証書遺言の比較

両者の主な違いを整理すると、次のようになります。

比較項目自筆証書遺言公正証書遺言
作成主体本人公証人
作成時の関与者原則として本人公証人・証人2名
方式の確認本人が法定方式を満たすよう作成公証人が方式を整えて作成
費用比較的抑えやすい公証人手数料などが必要
保管自宅等または法務局公的な仕組みで保管
検認原則必要。法務局保管は不要不要
内容の作成本人が作成。専門家への相談も可本人の意思をもとに公証人が文書化
主な特徴自分のペースで作成しやすい方式不備を抑え、相続開始後に利用しやすい

ここで区別しておきたいのが、保管の確実性と、遺言内容の法的な適切さです。

法務局保管制度を利用すれば、自筆証書遺言でも原本の紛失や改ざんのリスクを抑えられ、検認も不要になります。しかし、遺言内容の法的な妥当性や、記載した内容で希望する財産承継を実現できるかまで法務局が審査するわけではありません。

公正証書遺言では、作成段階から公証人が本人の意思を聴取し、法定の方式に従って文書を作成します。この公証人の関与が、自筆証書遺言との大きな違いの一つです。

方式を選ぶときの判断基準

自筆証書遺言と公正証書遺言のどちらがよいのかは、財産額や家族構成だけで一律に決まるものではありません。
方式を選ぶ際には、自分の遺言でどのような点が問題になりやすいかを考えます。

例えば、次のような点が判断材料になります。

 ・ 遺言内容を自分で具体的に組み立てられるか
 ・ 不動産など財産の特定を正確に行えるか
 ・ 方式不備のリスクをどこまで抑えられるか
 ・ 遺言書の紛失や発見漏れを避けたいか
 ・ 相続開始後の検認を避けたいか
 ・ 相続人間で遺言内容をめぐる争いが生じる可能性があるか
 ・ 作成時から公証人など第三者の関与を受けたいか
 ・ 作成費用や準備の負担をどこまで許容できるか

自筆証書遺言を選ぶ場合も、自宅保管と法務局保管では相続開始後の取扱いが異なります。保管や発見、検認の負担を軽減したいのであれば、法務局保管制度を利用する方法があります。
一方、財産の特定や承継方法を作成段階から整えたい場合や、本人の意思と方式を公的な手続の中で明確にしておきたい場合には、公正証書遺言を選択する意味が大きくなります。

したがって、「相続人が何人ならどちら」「財産額がいくらならどちら」と機械的に決めるのではなく、今回の遺言で何を優先したいのかを基準に選択します。

まとめ|重視する点から遺言方式を選ぶ

自筆証書遺言は、自分で作成でき、費用を比較的抑えやすいことに特徴があります。法務局の保管制度を利用すれば、保管や発見、検認に関する負担も軽減できます。
公正証書遺言は、公証人が作成段階から関与し、本人の意思を聴取したうえで法定の方式に従って文書化します。方式上の不備を抑えやすく、相続開始後に利用しやすい状態で残せる点が特徴です。

どちらを選ぶかは、作成費用だけでなく、方式不備、保管、相続開始後の利用しやすさ、財産内容、家族構成などを踏まえて判断します。

自筆証書遺言を選ぶ場合には、法務局保管制度を利用するかも含めて考える必要があります。公正証書遺言を選ぶ場合には、公証人が作成段階から関与することにどの程度の意味があるかが判断材料になります。

遺言は、作成した時点で役割を終えるものではありません。相続開始後に、その内容を実際の預貯金、不動産、有価証券などへ反映できて初めて、予定していた財産承継につながります。

そのため、方式を選ぶ際には、「どちらが一般的に安全か」ではなく、自分の遺言について、作成・保管・発見・内容の明確さ・相続開始後の実行のうち何を重視するのかを考えることが重要です。

判断に迷う場合は、現在の家族構成や財産内容、希望する承継方法を整理し、自分だけで内容を組み立てるのか、法務局保管を利用するのか、作成段階から公証人や専門家の関与を受けるのかを比較すると、選択しやすくなります。