「妻には今の自宅で暮らし続けてほしい。一方で、自宅は将来子へ承継したい。」
相続を考えたとき、このような希望を持つ方もいるのではないでしょうか。

配偶者が自宅の所有権を取得すれば、住み慣れた自宅で生活を続けられます。しかし、その後に配偶者が亡くなると、自宅は配偶者の相続財産となるため、最終的な承継先はその時点の相続によって決まります。
反対に、自宅を子が取得すれば、所有権は子へ承継できますが、配偶者が安心して住み続けられるようにするには、居住を保障する仕組みが必要です。
こうした場面で利用される制度が配偶者居住権です。

配偶者居住権は、配偶者の居住を保護するとともに、自宅などの所有権を次世代へ承継しやすくするために創設されました。

配偶者居住権とは

配偶者居住権とは、夫婦の一方が亡くなった場合、残された配偶者が亡くなった人が所有していた建物に、亡くなるまで又は一定の期間、無償で居住することができる権利です。

通常は建物所有者は、その建物を使用・収益・処分する権限を有していますが、配偶者居住権は建物に居住する権利と所有する権利が別の権利として分けて考えます。
配偶者は、自宅に無償で居住する権利である「配偶者居住権」を取得し、子はその権利が設定された建物の所有権を取得します。

その結果、配偶者は住み慣れた自宅で生活を続けることができ、子は将来に向けて建物の所有権を承継できます。

存続期間は、原則として配偶者が亡くなるまでです。ただし、遺産分割や遺言で存続期間を定めた場合は、その定めが優先されます。
配偶者は建物所有者ではないため、建物を売却したり、配偶者居住権を第三者へ譲渡したりすることはできません。
また、増改築や第三者への使用貸借を行う場合には、所有者の承諾など法律上の要件を満たす必要があります。

子が取得する所有権は、配偶者居住権が存続することを前提としていますので、建物を第三者へ売却することはできますが、配偶者居住権は消滅せず、買主はその負担が付いた建物を取得することになります。

配偶者居住権を取得するには

配偶者居住権を取得できるのは、法律上の配偶者であり、事実婚や内縁には認められていません。
また、相続開始の時点で、被相続人が単独で所有、または配偶者と共有していた建物に居住していたことも要件です。

これらの要件を満たしたうえで、遺産分割、遺贈、死因贈与、家庭裁判所の審判によって配偶者居住権を取得します。
したがって、法律上の配偶者で被相続人所有の建物に居住していたとしても、それだけで配偶者居住権が当然に成立するわけではありません。

※遺贈の概要や相続との違いについては、以下の記事で解説しています。
 「遺贈とはどんな制度なのか|相続との違いや第三者へ財産を渡せる仕組みを解説」
 「遺贈と相続の違いは?「相続させる」と「遺贈する」を使い分ける理由を解説」

配偶者居住権の登記

配偶者居住権は成立要件を満たしていても、第三者に対抗するためには登記が必要です。
建物所有者には、配偶者居住権の設定登記を備えさせる義務があります。
なお、その設定登記ができるのは建物のみで、その敷地である土地には登記できません。

配偶者居住権は遺産分割にも影響する

配偶者居住権は、配偶者が住み続けるための制度であると同時に、遺産全体の配分にも影響します。

建物の所有権を配偶者が取得する場合は、建物全体の価値が配偶者の取得財産となります。

これに対し、配偶者居住権を利用する場合は、建物を「配偶者居住権」と「配偶者居住権の負担が付いた所有権」とに分けて評価します。
このように評価を分けることで、建物の所有権を取得する場合と比べると、配偶者は預貯金など他の財産を取得しやすくなることがあります。
もちろん、すべての事案で共通ではなく、配偶者居住権の評価額は、配偶者の年齢、建物の価値、建物の耐用年数などを基に算定されるため、遺産内容によって取得できる財産は変わります。

配偶者居住権を利用する際は、自宅の承継だけではなく、老後の生活資金も含めて遺産全体をどのように配分するかという視点で検討します。

※遺産分割協議については、以下の記事を参考にしてください。
 「遺産分割協議とは|なぜ相続人全員の合意が必要になるのか」

配偶者居住権を設定した後も権利関係を維持できるか

配偶者居住権は、設定した時点で役割を終える制度ではありません。配偶者が居住を続ける限り、居住権と所有権を分けた権利関係も継続します。

建物の修繕が必要になった場合や、大規模修繕や建替えを検討する場合には、居住する配偶者と建物所有者との間で協議し、それぞれ必要となる承諾や費用負担を整理する必要があります。
また、固定資産税は建物所有者に課されますが、建物の通常の必要費は配偶者が負担することが原則です。実際の費用負担や精算方法については、あらかじめ家族で話し合って決めておくことが望ましいでしょう。
さらに、配偶者が介護施設へ入所する場合、建物所有者が売却を希望する場合、建物所有者が先に亡くなる場合など、生活環境や権利関係が変化することもあります。

この制度は長期間存続することを前提としているため、利用するかどうかは設定時の希望だけで判断するのではなく、将来にわたって権利関係を維持できるかという視点からの判断が大切です。

配偶者居住権が適しているケース

配偶者居住権は、配偶者が現在の自宅で生活を続けることを希望し、建物所有者となる子も、その間は建物を利用したり売却したりする予定がない場合に活用しやすい制度です。
また、自宅以外にも生活資金を確保できる財産があり、建物の維持管理や将来の対応について家族間で話し合える状況であれば、権利関係を維持しやすくなります。
一方で、近い将来に建物を売却する予定がある場合や、老朽化によって建替えが見込まれる場合、自宅以外の財産が少なく生活費や修繕費の確保が難しい場合には、建物の所有権を配偶者が取得する方法なども含めて比較検討することが必要です。

配偶者居住権は、配偶者の居住と建物の承継を両立させるための制度です。
配偶者が安心して生活を続けられることに加え、建物の維持管理や将来の承継まで見据えた財産の分け方になっているかという観点から利用を判断することが重要です。

まとめ

配偶者居住権は、配偶者の居住を保護しながら、建物の所有権を子へ承継できるようにする制度です。
そのため、建物の価値を配偶者居住権と所有権に分けて考えることで、配偶者の生活基盤を確保するとともに、預貯金など他の財産を配分しやすくなる場合があります。
一方で、これを設定すると、居住権と所有権が長期間並存することになりますので、維持管理、費用負担、将来の売却や建替えなどについても見据えながら、家族全員にとって無理のない財産の分け方になっているかを検討することが大事になります。

配偶者居住権は、配偶者の居住を守るだけの制度ではありません。配偶者の生活の安定、建物の承継、遺産全体の配分を調整し、相続後も権利関係を継続できるようにするための制度のひとつとして活用を検討するとよいでしょう。