補助金の申請時に賃上げを計画していても、その後の売上や利益が伸びず、予定どおりに給与を増やせないことがあります。すでに補助金を受け取っている事業者にとって気になるのは、計画した水準に届かなかったことで返還義務が生じるのか、返すとすればいくらになるのかという点でしょう。
返還の有無と金額は、利用した補助金の制度、公募回、適用された交付条件によって決まります。 一部返還で済むケースもあれば、全額が対象となるケースや、賃上げ特例によって増額された部分を返すケースもあり、取扱いは一様ではありません。
この記事では、賃金の増加を判定する基準から、返還額の計算方法、赤字や災害などによる免除まで、自社の負担を見通すために必要な事項を解説します。
返還の有無は補助金と公募回で異なる
賃金の引上げを交付条件とする補助金では、事業計画期間中に定められた水準を満たす必要があります。
実績が計画に届かず、交付規程に定められた返還要件に該当すると、補助金の一部または全部を返さなければなりません。
例えば、ものづくり補助金や中小企業省力化投資補助金の一般型では、給与の増加や事業場内最低賃金について一定の基準が設けられています。ただし、どの数値を使って判定するかは、公募回によっても異なります。
中小企業省力化投資補助金(一般型)を例にすると、第1回から第4回公募では給与支給総額と1人当たり給与支給総額の両方を比較するのに対し、第5回公募では、原則として1人当たり給与支給総額が返還判定の基準となります。
同じ補助金を利用していても、採択された公募回によって判断の基準が変わるわけです。
また、大幅な賃上げによって補助上限額の引上げを受けた事業者には、通常より高い水準が求められます。この特例を利用している場合は、基本的な賃金増加要件だけでなく、追加で設定された基準も調べる必要があります。
なお、補助事業の完了後に賃金の実績を判定する補助金もあります。補助金額が確定し、入金まで終わっていても、その後の事業計画期間中の実績によって返還義務が生じることがある点には注意が必要です。
判定に使われる三つの賃金指標
主な指標は、給与支給総額、1人当たり給与支給総額、事業場内最低賃金の3つです。
それぞれ対象となる賃金が異なるため、会社全体で給与の支払額が増えていても、1人当たりの金額や事業場内最低賃金が所定の水準に届いているとは限りません。
給与支給総額と1人当たり給与支給総額の違い
給与支給総額は、対象となる従業員などへ支払った給与の合計額です。一方、1人当たり給与支給総額は、その合計額を対象人数で割った金額を基に算定するため、従業員数の増減によって二つの数値は異なる動きをします。
例えば、従業員が増えて会社全体の給与支給総額が増加しても、1人当たりの給与は計画した水準に届かないことがあります。逆に、従業員数の減少によって総額が減っていても、1人当たりでは増加しているケースも考えられます。
ものづくり補助金の第22次公募では、事業計画期間の最終年度に二つの指標を判定し、いずれか一方の目標を達成していれば、この賃金増加要件による返還は生じません。
ただし、同公募では従業員と役員の給与を分けて計算し、それぞれの指標について達成度の低い方を採用します。
二つの指標を比較する仕組みなので、会社全体の給与を合算した増加率だけでは正しい結論を出せません。
実際の算定には、公募要領に定められた対象者、役員報酬や賞与の取扱い、基準年度、事業計画期間を用います。
賃金台帳や決算書の数字をそのまま比較するのではなく、適用された算定方法に沿って整理することが必要です。
事業場内最低賃金の水準と判定時期
事業場内最低賃金は、対象となる事業場で最も低い賃金水準を指します。補助金によっては、地域別最低賃金を一定額上回ることが求められ、給与支給総額の増加とは別に判定されます。
例えば、地域別最低賃金より30円以上高い水準を維持する条件なら、地域別最低賃金が1,200円のとき、事業場内最低賃金は1,230円以上でなければなりません。地域別最低賃金の改定によって、必要な金額も変わります。
この基準では、金額に加えて判定時期も重要です。事業計画の最終年度に判断する制度もあれば、期間中の各年度に確認する制度もあります。中小企業省力化投資補助金(一般型)では、補助事業を完了した事業年度の翌年度以降、事業計画期間中の毎年3月末時点の水準が使われます。
給与支給総額の増加要件を満たしていても、事業場内最低賃金が基準を下回れば、その年度について返還を求められることがあります。 金額は適用される算定方法や免除規定によって異なります。
返還額はどのように計算するのか
返還する金額は、どの基準を満たさなかったかによって変わります。主な計算方法は、賃金の増加率が計画に届かなかった割合を使うもの、基準を下回った年度数に応じるもの、特例による増額部分を対象とするものです。
賃金増加は二つの目標が未達成なら達成度に応じて返還
ものづくり補助金の第22次公募では、事業計画期間の最終年度に、給与支給総額と1人当たり給与支給総額のいずれも目標に届かなかった場合、達成度が高い方の指標の未達成率を補助金交付額に乗じて返還額を算定します。
この計算では、前述した従業員・役員別の判定を先に行います。それぞれの指標で低い方の達成度を採用した後、
二つの指標のうち達成度が高い方を返還額の算定に使用する仕組みです。
例えば、計算に採用する賃金の年平均成長率について、申請時の目標が4%、実績が3%だったとします。このとき達成率は75%、未達成率は25%となるため、補助金交付額が1,000万円なら返還額は250万円です。
ただし、給与支給総額または1人当たり給与支給総額の年平均成長率がゼロまたはマイナスとなり、所定の全額返還要件に該当すると、補助金全額を返さなければなりません。
同じ賃金増加要件に関する不足でも、一部返還となるケースと全額が対象となるケースがあるため、実際の成長率を制度の規定に照らして判断する必要があります。
事業場内最低賃金は基準を下回った年度数で計算
事業場内最低賃金を毎年判定する制度では、所定の水準に届かなかった年度数が返還額に影響します。
例えば、ものづくり補助金の第22次公募や中小企業省力化投資補助金(一般型)では、事業計画期間中にこの要件を満たさなかった場合、補助金交付額を事業計画年数で割った金額が1年度分の返還額となります。
補助金交付額が1,000万円、計画期間が5年間なら、1年度分は200万円です。免除規定に該当しなければ、この金額がその年度の不足に対する返還の対象となります。
各年度の判定結果が基準となるため、最終年度に必要水準を満たしても、過去の年度に生じた返還義務が自動的に解消されるわけではありません。計画期間を通じて、毎年の賃金とその時点の基準額を記録しておくことが大切です。
大幅賃上げ特例では増額部分も返還対象
大幅な賃上げを条件に補助上限額の引上げを受けた事業者には、通常より高い目標が課されます。
ものづくり補助金の第22次公募では、特例の給与支給総額目標または事業場内最低賃金目標のいずれかを満たせなかった場合、上限額の引上げによって増額された部分が返還対象となります。
さらに、引上げ分を除いた補助金についても、所定の未達成率を乗じた金額が加わります。基本的な賃上げ要件を満たしていても、追加の基準に届かなければ、この特例に基づく返還が生じる仕組みです。
同公募では、所定の全額返還要件に該当すると、補助金全額の返還を求められます。特例を利用している事業者は、通常の補助金部分と上限額の引上げによって増えた部分を分けて計算することが重要です。
赤字や災害で返還が免除される場合
賃金の実績が計画に届かなかった場合でも、制度が定める免除要件に該当すれば、対象となる返還が免除されます。ただし、営業赤字や売上減少があったという理由だけで、必ず免除されるわけではありません。
例えば、ものづくり補助金の第22次公募では、賃金増加要件について、付加価値額が増加しておらず、かつ事業計画期間の過半数で企業全体の営業利益が赤字だった場合などに、所定の一部返還が免除されます。
事業場内最低賃金については、付加価値額が増加しておらず、該当事業年度の営業利益が赤字だった場合などが免除の対象です。二つの要件では、営業赤字を判断する期間が異なります。
また、天災など事業者の責めに帰さない事情によって計画を実現できなかったときも、制度所定の要件を満たせば免除が認められます。
さらに、ものづくり補助金の第22次公募では、大幅賃上げ特例に関する返還について、通常の補助上限額までの部分には所定の免除規定が適用される一方、特例による引上げ分は免除対象から除かれています。
このため、免除の可否を考える際は、業績が悪化した理由だけでなく、どの賃金指標が基準を下回ったか、通常の補助金部分と特例の増額部分のどちらに関する返還かを区別する必要があります。判断には、決算書や賃金台帳に加え、災害などの事情を示す資料が使われます。
なお、中小企業省力化投資補助金(一般型)には、所定の再生事業者について基本要件の未達成による返還を免除する規定もあります。
返還の要否と金額を確かめる手順
まず手元の公募要領や交付規程、交付決定内容から、申請時に適用された基準を特定します。補助金の名称だけでなく、公募回、申請枠、特例の有無まで確認することが重要です。同じ制度でも公募回によって判定に使う賃金指標や計算方法が異なり、別の回の規定を当てはめると金額を誤るおそれがあります。
次に、申請時の計画と実際の賃金を照らし合わせます。給与支給総額と1人当たり給与支給総額は、所定の基準年度と事業計画期間の最終年度などを比較し、事業場内最低賃金は各年度の判定時点における水準を調べます。
不足している指標が分かったら、適用される計算式によって返還見込額を求めます。赤字や災害などによる免除規定がある場合は、その適用範囲も確認し、通常要件と特例で取扱いが異なる部分は分けて整理します。
なお、判定に使う賃金の実績は、補助事業終了後の事業化状況報告や効果報告などを通じて確認されます。
補助金を受け取った後も、制度所定の報告期間中は決算書や賃金台帳などを保存し、必要な報告を続けなければなりません。
事業化状況報告や効果報告では、賃金に関する実績のほか、売上高や生産性などの報告を求められる場合もあります。報告する内容や期間、提出期限については、「補助金を受け取った後も報告は必要?|事業化状況報告・効果報告の内容と期限」で詳しく解説しています。
計画した賃金水準に届きそうにないと判断した段階で、適用される規定と実績を照合し、算定方法や提出資料に不明点があれば、補助金事務局に問い合わせておくことが大切です。
賃上げが計画に届かなくても返還は一律ではない
補助金の賃上げ目標を達成できなかったからといって、必ず全額を返すことになるわけではありません。
どの指標が計画に届かなかったのか、その程度はどのくらいか、特例を利用しているかによって負担が変わり、赤字や災害などによる免除が認められる場合もあります。
自社の返還要否を判断するには、申請時に適用された規定と実際の賃金を正しく照合することが出発点です。
返還が見込まれるときは、免除の可否も含めて金額を整理し、必要な資料を揃えたうえで補助金事務局に相談してください。
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